作品と商品は何が違うのか?~趣味と仕事の違いについて考える

唐突な話ですが、こないだふと思ったんです。もし今の仕事と趣味が入れ替わったとしたらどうなるんだろう?と。もちろんシミュレーション結果としては「間違いなく食っていけない」のですが、じゃあなんでそうなのか、というのを深く考えてみようと思いました。今回はそのことについて書きます。

食っていくためには「商品」を作らなければならない

サラリーマン(もっといえばエンジニア)として働いていると、会社で嫌なことがあった時は「あ”~、趣味で食っていけたらいいのにな」とか思ってしまうことがあります。しかしそれを実行に移さないのはなぜか?それは、なんだかんだで今の仕事が性に合ってるというか、仕事としてやるなら丁度いいなと感じているからにほかなりません。

ではなぜそう感じるのか。それは今仕事で作っている商品が、その性能の良しあしを定量的に表現できる(=具体的な数値で表せる)からです。つまりモノの良し悪しがデータでわかるので、改善すべき箇所が分かりやすいですし、お客様にも客観的な数値で売り込めるので仕事がやりやすい。これが仕事にちょうどいいことの理由の一つと言えます(もちろん、会社の雰囲気が合っているというのもある)。

一方、私の趣味は絵とか造形とかWebとか、仮に職種に置き換えるなら「クリエイティブ系」の分野ですが、これは良し悪しの基準が主観的になるので商品づくりが難しそうだと思います。なぜならそういった価値観は共有が難しいので、例えば自分がいいと思って提出したデザインがお客様に気に入っていただけなかった、ということが考えられるからです。

当たり前ですが、モノづくりの仕事の場合は「商品」を作らないと食っていけなくなります。で、その商品とは、つまりお客様が欲しいと思うモノです。なので作るときの良し悪しの価値観はお客様のほうを優先しないといけない。だったら客観的なデータが分かるほうが食っていきやすいというわけです。

もちろん例外的に、自分の描きたいものを描いて食っているような人もいると思います。しかしそれは自分と相手の価値観が上手く一致している(もしくは長年の経験でそうさせた)から食っていけるのであって、私も含め大部分の人間はそうではないのが現実です。

「作品」は自分のために作るもの

そういうことを考えると、「金銭的価値がつかない作品(※商品は広い意味で作品なのでこう書きました)」は自由に作れるから趣味として丁度いいのだと思います。仕事とは違って自分のために作ってもいいわけですから。

なので、たまに聞く「あいつは趣味やってるけど、自己満足だよな」というような発言はよろしくないですね。ほっとけよ、と。必ずしも趣味で他人を喜ばせる必要はないと思いますし、最低限自分自身が楽しめなければ趣味をやってる意味がないと思っているので、自己満足できればそれでいいじゃんと私は思います。

まあ、私も昔は自己顕示欲とか承認欲求とかが強かったので、趣味でも認められたい→それなら人のためにやるべきだ、とか(無意識的に)変な考えを持っていた時期もありました。でもそうなるといろんな価値観に合わせないと多くの人に喜んでもらえないですから、元々自分がやりたいことと違ったので疲れるし面白くないんですよね。だから結局、とことん自分のやりたいようにやるのが趣味なんだなと思うようになったわけです(以前は「他人から評価されないと満足できなかった」のが、今は「自分が満足できればOK・他人からの評価は味付け程度」と考えるようになった)。

ちなみに講座サイトをやっといてなんですが、そういう経緯もあって今の私は「誰かのために何かをやっている」ということを言いたくないと思っています。というのは別に「何かをやっている」こと自体は否定しないのですが、私にとって「自分がやっていることは最終的には自分のため」なので、わざわざ「人のために」という部分を強調するのは恩着せがましいと思うからです。同じ理由で「見て見て、おれこんなに人に尽くしてる、すごいでしょ~」的な言動をとる人とはあまり付き合いたくないです。話はそれましたが。

仕事と趣味が違うのは、むしろ良いのではないか

以上いろいろ書いてきましたが、仕事と趣味についてよく考えてみると「好きなことで食っていかない」道というのもまんざらではない感じです。というか、むしろやりたいこととやるべきことが別のほうが割り切れて楽だったりして。まあ私の場合は両者が一致したことがないですし、これからも別々のままでしょうから、そういう風に前向きに考えるしかないですね。